大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)627号 判決

控訴人 早瀬キヌ子

右法定代理人親権者母 早瀬タツノ

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 尾関闘士夫

控訴人 ゴンチャロフ製菓株式会社

右代表者代表取締役 三戸伊之助

右訴訟代理人弁護士 堀正一

被控訴人 前田なみ

右訴訟代理人弁護士 三宅厚三

主文

原判決中控訴人等の敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は各控訴につきそれぞれ主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件各控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は左記に付加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(但し原判決添付別表の地積を別紙のとおりメートル法に訂正する。)

(控訴人ゴンチャロフ製菓株式会社訴訟代理人の主張)

一、被控訴人は本件各不動産についての訴外早瀬善守の売買による所有権取得登記は、同訴外人並びに訴外早瀬直吉間の通謀虚偽表示により無効なる旨主張するが、右不動産の売買は売主山田恭博、買主早瀬善守の間に売買契約書が作成せられ、所有権移転登記申請がなされたものであって、売主は虚偽の意思表示をしたわけでもなく、右訴外善守と通謀したわけでもないから、仮りに被控訴人主張のごとく右善守及び直吉間に通謀虚偽表示があったとしても前記善守の所有権取得登記は無効ではない。従って控訴人早瀬タツノ、同キヌ子の相続による所有権取得登記も有効となり、被控訴人は右控訴人等に対し第三者であるから、仮りに本件不動産につき訴外早瀬直吉より譲渡をうけたとしても未登記者である被控訴人は右控訴人等に対抗できず、従って又控訴人等より本件不動産を譲受けた控訴人ゴンチャロフ製菓株式会社(以下控訴会社と略称する)に対しても対抗することができない。

二、被控訴人は控訴会社の所有権取得は被控訴人の処分禁止の仮処分登記後であり被控訴人に対抗できないと主張するが、控訴会社は昭和三九年七月二九日の売買契約によって所有権を取得したもので処分禁止の仮処分決定並びにその登記の日より以前のことである。控訴会社が右売買契約と同時に所有権を取得したのであれば善意の第三者であることはもちろんであり、被控訴人は訴外直吉より昭和三四年一〇月頃本件物件の所有権を取得したと主張するも未登記であるから控訴会社に対抗できない。仮りに控訴会社がその売買契約と共に所有権を取得していないとしても、善意の第三者であることには相違ないから被控訴人が未登記である以上、控訴会社に対抗することができない。

三、被控訴人が訴外直吉より代物弁済により所有権を取得したと主張する家屋は、昭和三四年九月の伊勢湾台風で大破したため取毀し、昭和三五年二月頃より同年八月頃までに訴外善守において訴外角野正義及び同角野邦平等に請負わせて新築したものである。右新築に当り訴外善守は全建築費、全造作費を出費したのであるから、右家屋は純然たる訴外善守の単独所有であり、訴外直吉にはなんらの権利もない。

(被控訴代理人の主張)

一、控訴会社主張事実中、被控訴人の主張に反する部分は否認する。

二、控訴会社がその主張のごとく本件不動産を控訴人タツノ、同キヌ子から買受けたとしても、登記をうけなければ第三者たる被控訴人に対抗し得ないところ、被控訴人は本件不動産に対し名古屋法務局古沢出張所昭和三九年八月一四日受付をもって処分禁止の仮処分登記をうけたのであるから、同月一八日受付の所有権移転登記をうけた控訴会社は右仮処分の効力により被控訴人に対抗できない。このことは控訴会社の善意悪意を問わず売買の日時が仮処分登記の前後を問わないことは登記の効力及び仮処分の性質上明白である。

(新立証)≪省略≫

理由

別紙目録記載の不動産につき、昭和三〇年一一月一七日名古屋法務局古沢出張所受付第二〇、一〇四号をもって、訴外早瀬善守名義に所有権移転登記がなされ、同訴外人の死亡により控訴人早瀬キヌ子、同タツノが相続登記を経由して各共有持分を控訴会社に売渡し右所有権移転登記手続をなしたことは被控訴人と控訴人キヌ子、同タツノ間において争なく、控訴会社との間においても右事実中控訴会社が右不動産につき所有権取得登記をなし現に占有していることは争なく、その余の事実については≪証拠省略≫によって認めることができる。

ところで、≪証拠省略≫を総合すれば、本件不動産は訴外早瀬直吉が訴外山田恭博より買受けたものであること、訴外直吉は多額の課税を回避するために訴外善守と相謀り買受名義を訴外善守となしたこと、訴外直吉は昭和三四年一〇月頃被控訴人に対する約六〇万円位の債務の代物弁済として被控訴人に提供し、被控訴人がその所有権を取得するに至ったことが認められ、≪証拠判断省略≫。

右認定事実によれば、本件不動産の所有名義を訴外善守名義となしたのは、訴外直吉と訴外善守の通謀虚偽表示によるものというべく、無効といわざるを得ない。

然しながら本件不動産の所有名義はすでに第三者たる控訴会社に移転されていることは前記のとおりであるから登記簿上所有名義を有しない控訴人キヌ子同タツノの両名に対して所有権移転登記手続を求めることの許されないことは多言を要しない。(被控訴人の本訴請求は控訴人キヌ子同タツノに所有名義が回復されることを条件として所有権移転登記手続の請求をなす趣旨とは解せられない)従って控訴人キヌ子、同タツノに対する被控訴人の本訴請求はその余の主張について判断するまでもなく失当というべきである。

そこで進んで控訴会社の抗弁について考察する。

控訴会社代理人は訴外早瀬善守の所有権取得登記は訴外山田恭博との売買契約にもとずきなされており、訴外直吉と訴外善守間に虚偽表示がなされても訴外善守の所有権取得登記は無効でない旨主張するが、前記認定事実によれば、本件不動産を訴外山田恭博より買受けたのは訴外直吉であり、訴外山田より訴外善守に中間省略登記がなされたにすぎないものと認むべきであるから控訴会社代理人の右主張はそれ自体失当といわねばならない。

次に、控訴会社代理人は訴外直吉より訴外善守に対する所有権の移転が通謀虚偽表示であるとしても善意の第三者たる被控訴人には対抗し得ない旨主張する。(原判決事実摘示被告会社の抗弁(三))

≪証拠省略≫を総合すれば、控訴会社は明治不動産株式会社今池支店の仲介により、昭和三九年七月二九日控訴人キヌ子同タツノより代金三〇〇万円で本件不産産を買受けたもので同日手付金三〇万円を支払い、同年八月一七日までに残額二七〇万円を支払うとともに所有権移転登記手続をなし、同時に明渡をうける旨の売買契約を締結し、右売買契約にもとずき控訴会社に本件不動産の所有権移転登記がなされた次第が認められ、前示甲第一、二号証と対比すると控訴会社の右売買契約当時には未だ被控訴人の仮処分登記のなされていなかったことが明らかであり、控訴会社は控訴人キヌ子、同タツノの先代善守の所有権取得登記が無効であるとは知らなかったことを推認するに充分であって、控訴会社は善意の第三者というべく、真実の所有者たる訴外直吉としては右直吉、善守間の所有権移転が通謀虚偽表示による無効のものであることを善意の第三者たる控訴会社に対抗することができないことはいうまでもない。

ところで以上認定の各事実によると、要するに被控訴人は本件不動産について通謀虚偽表示をなした真の権利者たる訴外直吉より代物弁済によってこれを取得した者であり、一方控訴会社は通謀虚偽表示によって本件不動産を譲受けた亡訴外善守の相続人たる控訴人平瀬キヌ子、同タツノの両名から善意でその各持分を買受けた者であるが、かくのごとく通謀虚偽表示がなされた当事者以外の者の間でその虚偽表示の効力が争われる場合、――民法第九四条第一項によって虚偽表示の無効を主張する者と同条第二項によって虚偽表示の無効の対抗力なきことを主張する者とが存するとき、その優劣如何については疑なしとしない。すなわち、前者は真の権利者から権利を承継取得する筋合であるが、これをもって後者に対抗するがためには、その前提として右通謀虚偽表示の無効を主張しなければならないけれども、かかる主張をなすことは民法第九四条第二項によって許されないのであるから、結局前者の主張は後者のそれに優位を譲るほかなきものと解するが至当とおもわれ、従って被控訴人はその所有権取得をもって控訴会社に対抗し得ないものといわねばならない。

被控訴代理人は控訴会社が所有権移転登記をうけたのは被控訴人の処分禁止の仮処分登記以後であるから控訴会社は所有権取得をもって被控訴人に対抗できないと主張するが、控訴会社が本件不動産につきその所有権取得を被控訴人に対抗するには登記を経由することを要しないと解すべきであるから控訴会社の所有権取得登記以前に被控訴人より処分禁止の仮処分登記のなされた事実はなんら控訴会社の前記所有権取得の妨げとなるものでない(なお右の処分禁止の仮処分登記もその後取消されていることが記録上明らかである)。

従って控訴会社代理人のその余の抗弁につき判断するまでもなく、被控訴人の控訴会社に対する本訴請求は失当たるを免れない。

以上の次第ゆえ、右と結論を異にする原判決は維持できないから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 黒木美朝 辻下文雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例